「ふたつの名前を持つ少年」はぺぺ・ダンカート監督による2013年公開(日本では2015年)の映画。
第二次世界大戦中のポーランドで、ナチスの手から逃げ切った少年がいた。
あらすじ
1942年の冬、吹雪の中を、一人の少年が村はずれの家の前に辿り着いた。
少年の名はユレク・スタニャク。
あやうく凍死しかけていた彼を、その家に住むヤンチック夫人は介抱し、しばらく泊めてくれた。
この年、ポーランドではドイツによるユダヤ人迫害が本格化する。
年端もいかない子供が、このような時期にひとりさまよい歩いていた意味を夫人は理解していた。
少年がこの先、生き延びることができるように、キリスト教の祈りと擬装用の過去を教えこむ。
だが、この村にもそう長くはいられなかった。
少年は再び、一人で歩き出す。
映画『ふたつの名前を持つ少年』予告編 - YouTube
ナチスの手から逃れた少年
当時、ポーランドに住むユダヤ人は300万人。
ポーランドの全人口の10%にあたる人々が暮らしていたが、戦後まで生き残ったのはわずかに5万人だという。
ユレク少年はそのうちの一人。
3年もの間、どうやって生き延びたのか。
実話を元に書かれた小説「走れ、走って逃げろ」の映画化で、原作とはラストが変更されているようだ。
ゲットーで暮らすユダヤ人の家族をドイツ兵が連行しようとした時、少年はとっさの機転で逃げ出すのだが、長期間の逃亡生活を続けるためには、多くの人々の善意が欠かせない。
名前を変えることを教えたのは父だった。
ユダヤ人の特徴である名前と割礼の痕を隠すこと。
名前を捨ててポーランド人の名前にしろ。
父さんや母さんのことは忘れてもいいが、絶対に、ユダヤ人だってことは忘れるな。
父との約束は少年のその後の運命を変えていく。
孤児の集団との共同生活、ヤンチック夫人との出会い、農場での仕事。
少年は少しずつ生きる術を身につけていく。
ポーランド人の名前を名乗ったことで、きっかけを得ることができたが、ユダヤ人だとわかっても助けてくれようとする人がいる。もちろん逆もある。
ユダヤ人の少年を助けたのがキリスト教の習慣であったり、味方だと思っていたソ連軍が傍観者でしかなかったり*1、ドイツ人将校に気に入られたりもする。
ユレクと実際に話して関わった者は、人種にとらわれず少年の無事を願うのだ。
これはどこまで脚色であるかはわからないが、人と人が分かり合えることは可能だという希望のメッセージだろう。
少年は愛らしく、賢かった。
やがて終戦を迎え、もう逃げる必要がなくなった時、父との約束を果たす機会がやってくる。
これはあらゆる戦争の悲惨さ、残虐さを表した物語であり、それに屈せぬ者たちの、そして自分の命を犠牲にしてでも死の淵にいる人を助ける者たちの話でもあります。私はそんな真に迫った心を打つ物語を、悲観的にならずに語りたいと思いました。
これはスルリック=ユレク=ヨラム・フリードマンの真の強さと、希望と勇気の物語なのです。
(ぺぺ・ダンカート監督インタビューより)
あとがき
ぺぺ・ダンカート監督は、アカデミー短編映画賞も獲得したこともあるドイツ人監督。
日本ではほぼ無名だが、ドキュメンタリー作品に多く関わってきたそう。
本作でも、ポーランドの自然が美しく描かれている。
少年にとっては苦難の道なのだが、その映像美にしばしば目を奪われる。
国内で手に入れやすいのは、ツール・ド・フランス100周年記念大会のドキュメンタリーと本作くらいのようだ。
あとステファヌ・ムーシャによるテーマ曲がいい曲だったんだけど、サントラはないみたい。
原題:Lauf Junge Lauf(Run Boy Run)
監督:ぺぺ・ダンカート
原作:ウーリー・オルレブ「走れ、走って逃げろ」
出演:アンジェイ・トカチ / カミル・トカチ / エリザベス・デューダ / ジャネット・ハイン / ライナー・ボック / イタイ・ティラン
原作小説。レビューを読んだ分だと、記憶に関する問題でアイデンティティの崩壊も描いていることも伺われる。
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